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東京高等裁判所 平成4年(ネ)401号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

日本運送株式会社

(以下「控訴人」という。)

代表取締役

濱中昭一郎

訴訟代理人弁護士

原田昇

浜口臣邦

被控訴人(附帯控訴人)

株式会社スズキ宝飾

(以下「被控訴人」という。)

代表取締役

鈴木武士

訴訟代理人弁護士

東谷隆夫

櫻井一成

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金三〇万円及びこれに対する平成元年七月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

三  控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じ五分し、その四を被控訴人の、その一を控訴人の負担とし、附帯控訴につき控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者双方の申立て

(本件控訴について)

一控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二被控訴人

控訴棄却

(附帯控訴について)

一被控訴人

1 原判決を次のとおり変更する。

(一) 控訴人は、被控訴人に対し、四五九万一九〇〇円及びうち四〇九万一九〇〇円に対する平成元年七月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

2 仮執行の宣言

二控訴人

1 本件附帯控訴を棄却する。

2 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二本件事案の概要は、原判決記載の「第二 事案の概要」と同じであるから、これを引用する。ただし、原判決三枚目表九行目から次行にかけての「(以下「本件ダイヤ」という。)」、同一一行目から次行にかけての「、以下「本件ルビー」という。」及び同一三行目の「(以下「本件宝石」という。)」をそれぞれ削り、同四枚目裏七行目の「希に」を「稀に」と、同五枚目裏七行目の「において」を「においても」と、「運送契約を」を「運送取扱事項(基準)」と、同一〇行目及び一一行目の「被告」を「運送人(控訴人及びその代理店)」とそれぞれ改め、同六枚目表三行目の「定められており、」の次に「これに従って右運送取扱事項(基準)には」を、同裏二行目の「右約款」の次に「及び運送取扱事項(基準)」を、同六行目の「品目が」の次に「具体的に記載されたペリカン便店頭掲示用注意書」をそれぞれ加える。

第三証拠関係〈省略〉

第四当裁判所の判断

一控訴人の運送過程における本件宝石の紛失の存否

〈書証番号略〉、被控訴人代表者尋問の結果及び〈書証番号略〉、証人板倉猪三郎の証言及び〈書証番号略〉、証人大野英夫及び〈書証番号略〉(ただし、控訴人主張の被写体の写真であることはいずれも争いがない。)、証人鈴木利明、加藤武道(当審)の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被控訴人は、貴金属の卸売、販売、加工等を目的とする株式会社であるが、株式会社藤崎にダイヤの裸石一個を売却し、右藤崎は真山順一に右ダイヤを代金三八四万一九〇〇円(うち消費税相当額一一万一九〇〇円)で売却した。

2  被控訴人は、真山順一から右ダイヤのリング加工の依頼を受けてこれを預かり、平成元年七月六日、被控訴人の設立当初から約一六年間主として被控訴人の仕事だけを下請けしてきた千葉県館山市の鈴木工芸こと鈴木利明(以下、「鈴木工芸」という。)に右ダイヤ一個と同じく他から加工を依頼されていた色石(赤色)一個とを佐川急便を利用して送り、これを下請けさせ、鈴木工芸は、右ダイヤ及び色石に枠加工を施した(この加工を施したダイヤを、以下「本件ダイヤ」という。)。右ダイヤの加工賃は四万円であった。

3  鈴木工芸は、平成元年七月二三日、控訴人の代理店の房州通運を通じ、控訴人に対し、本件ダイヤと右色石の指輪一個(一〇万円相当)とを茶封筒に入れ、更にこれを一〇センチメートル四方ほどの大きさの箱に入れて荷造りしたうえ提出し、ペリカン便で被控訴人に宛て運送するよう委託した。鈴木工芸は、従前から下請加工を施した高価品の宝石類を佐川急便を利用して被控訴人に返送していたが、これまでに三回控訴人のペリカン便を利用して宝石類を返送したことがあり、今回が四回目で、被控訴人には今回もペリカン便で返送することをあらかじめ連絡していた。鈴木工芸がこのように長年にわたって佐川急便やペリカン便などの宅急便を利用してきたことに対して、被控訴人がこれまでに別段の異議等を述べたことはなく、被控訴人自身も宅急便を利用して鈴木工芸に宝石類を送付しており(その回数は年間約八〇回に及ぶ。)、被控訴人と鈴木工芸との間で、宅急便を利用して宝石類を送付・返送することについてこれまで問題となったことはなかった。

4  鈴木工芸は、房州通運の受付カウンターで所定のペリカン便送り状伝票の依頬主欄に鈴木工芸の住所、氏名、電話番号を、届け先欄に被控訴人の住所、氏名、電話番号を記入したが、品名欄及び荷物の価格欄はいずれも空欄としたまま本件宝石を入れた荷物に貼付し、これを房州通運に提出した。なお、鈴木工芸は、ペリカン便を利用した三回目及び今回において、右伝票に三〇万円を超える高価な荷物は引き受けない旨の記載が印刷されてあることに気づいたが、房州通運の受付担当者から過去の三回を含めて品名及び価格の記入がないとの指摘や注意を受けたこともその記入を求められたこともなかった。因みに、宅配便業者は、標準宅配便約款に基づき、各業者独自の約款を定め、荷物の滅失の場合の責任原則については、荷物の価格全額を二〇万円ないし四〇万円の責任限度額の範囲内で賠償することとしており、また、宝石類についてはこれを引受制限品目としているのが通常である。そして、被控訴人のペリカン便の送り状伝票の表には、記入上の注意の記載のほかに「お荷物の価格を必ずご記入ください。ペリカン便では三〇万円を超える高価な品物はお引受けいたしません。万一ご出荷されましても損害賠償の責を負いかねます。その他は宅配便約款によります。」との記載が印刷されてあった。

5  房州通運では、標準宅配便約款全文とペリカン便についての営業時間(受付(締切)時間)、引受制限品目の具体例、日数のかかる地域等を記載した注意書(案内パンフレット)とを出入口窓ガラスに張り付けて掲げ、かつ、受付カウンターには、引受制限品目の具体例、料金表、送り状伝票の記入方法の説明等を記載したパンフレットを備え置いていた。それによれば、宝石類は引受制限品目として、引受荷物の価格(責任限度額)は三〇万円(消費税込み)とそれぞれ明記されている。

6  房州通運で受け付けられた本件荷物は、控訴人の千葉ターミナルにトラックで運ばれ、同所で仕分けされたうえ、東京中央ターミナルに専用車で配送されたが、その後所在が不明となった。被控訴人は、同月二五日になっても荷物が届かないので鈴木工芸に連絡し、調査を依頼したところ、右のとおり運送の過程で紛失したことが判明した。右紛失の原因は不明である。因みに、右ターミナルにおいては、当時一日に約一〇万ないし一五万個の到着貨物の受入れがあり、これをコンピューター管理により一日二四時間体制で高速自働仕分け処理を行っており、その敷地は約六万平方メートル(約一万八〇〇〇坪)と広く、出入りする自動車も一日延べ一〇〇〇台に達するほどであり、また、直接荷物を持ってくる客の出入りもあるため、外部の者の立ち入りを完全に禁じることもできず、防犯用カメラの設置等の措置を講じてはいるが、盗難を完全に防止することは事実上難しい状況にあった。なお、控訴人のペリカン便全体についての昭和六三年四月から平成元年三月までの一年間の保険給付事例は三七六六件であるが、同期間中の発送個数二億五五五〇万二〇〇〇個の0.0014パーセントにすぎず、平成二年一月の一か月についてみても取扱荷物の総数八六三万七一三九個に対し、紛失・盗難・未着の個数は一三八個であり、0.001597パーセントにすぎない(右のうち、紛失・盗難は僅か八個(0.0009パーセント)である。)。

7  被控訴人は、本件ダイヤの紛失により真山順一にこれを返還することが不能になったため、同人に代わって、代金支払期日である平成元年九月二八日に株式会社藤崎に対して前記代金及び消費税相当額合計三八四万一九〇〇円を支払って賠償した。また、右色石については、被控訴人の判断で時価一〇万円と評価し、同金額相当の宝石を所有者に代物弁済して賠償した。

右認定の事実によれば、鈴木工芸が房州通運を通じて控訴人のペリカン便に被控訴人宛ての荷物の運送を委託し、その運送の過程で右荷物が紛失し、その中に本件ダイヤ一個と一〇万円相当と評価される赤色の宝石(ルビーではない。)一個が入っていたものと認めるのが相当である(以下これらを「本件宝石」という。)。したがって、被控訴人は、本件宝石の紛失により、①被控訴人が真山順一に代わって右藤崎に支払って賠償した三八四万一九〇〇円、②所有者に代物弁済して賠償した赤色の宝石の時価相当額の一〇万円の合計三九四万一九〇〇円の損害を被ったと認められるが、被控訴人の主張する本件ダイヤの加工代金一五万円については、右紛失により被控訴人が右加工代金債権を失うわけではない(危険負担における債務者主義)と解されるから、これを失ったと認めるに足りる特段の事情の認められない本件では被控訴人の損害と認めることができない。

二控訴人の被控訴人に対する不法行為責任の存否

前記認定の事実によれば、本件宝石の入っていた荷物の運送を控訴人に委託し控訴人と運送契約関係にあったのは鈴木工芸であり、被控訴人は控訴人と契約関係にあったわけではなく、被控訴人は、所有者から加工の依頼を受けてダイヤを預かり、これを鈴木工芸に下請けに出し、鈴木工芸から加工を施した本件ダイヤの送付を受ける荷受人となった者で、本件ダイヤの紛失により、所有者に対してその損害の賠償をして、その権利につき代位しうることとなった者ということができる。したがって、本件では、被控訴人は控訴人に直接契約上の責任を追求しうる立場にないため、控訴人の過失を主張してその不法行為責任を追求し、前記①、②の各損害につき、いずれも所有者の権利を代位行使して本訴に及んでいることが明らかである。

ところで、本件では、前記認定のとおり本件宝石の紛失の態様及び原因が不明であり、そのため、被控訴人は控訴人に荷物の保管・管理に不備があったというのみでその過失の具体的態様を主張しえないでいる。しかし、運送人は、運送契約関係を通じて自己の管理下にある他人の所有物について、契約当事者に対し、その保管・管理につき善管注意義務を負うのであり、運送品の所有者が契約当事者と異なる第三者であり、運送人がその第三者に直接の契約上の責任は負担しない場合であっても、自己の管理下にある運送品が契約当事者の所有物に限らないことは当然予測できることであるから、右第三者に対する関係においても、その保管・管理について少なくとも社会一般の注意義務を負担する関係にあるということができるから、自己の管理下にある運送品を紛失させた以上、不可抗力によるなど特段の事情の認められないかぎり、運送人に少なくともその保管・管理上の過失があると認めるのが相当である。そして、本件では、本件ダイヤの紛失が不可抗力によるものであった事情は証拠上窺えない。さらに、被控訴人は、控訴人には代理店である房州通運に対して引受拒絶品目を受諾しないよう指導監督すべき義務があるのに、これを怠ったことに重大な過失があると主張するけれども、房州通運にあっては、前叙のとおり標準宅配便約款及び案内パンフレット等を店頭に掲示・備付けしているのであって、他に右指導等に重大な過失があったといえる証拠はない。

そして、控訴人は、宅配便は大量の荷物を低廉な料金で迅速に配達することが要求されており、稀に生じる紛失等の事故を完全に防止することは不可能であるから、運送人の不法行為責任は故意又は重過失がある場合に限られるべきであると主張するけれども、宅配便の置かれている状況が控訴人の主張するとおりのものであるとしても、その故に運送人の不法行為責任が故意又は重過失の場合に限られるとする理由はない。

ところで、物品運送契約における運送品の滅失毀損に関する運送人の責任については、契約当事者間においては、運送人の契約上の責任を合理的に規制した商法五七七条ないし五八一条の規定が存在するところから、荷送人が運送人に対して契約上の責任と別個に不法行為責任を追求することを認めることは右規制の趣旨を失わせるおそれがあるといえないわけではない。しかし、不法行為責任の要件を充たしている場合に債務不履行に基づく請求権の行使しか許さないとする合理的な理由はなく、いわゆる請求権の競合を認めるのが相当といわねばならない。そして、運送人の保護を図る商法の規定や約款の目的はもともと契約上の責任にのみ適用されるものというべきであって、不法行為に基づく請求権の行使には及ばないというべきである。

しかしながら、運送契約の当事者である荷送人が、不法行為に基づく請求権を行使して、運送人の責任を制限する商法の右規定や約款の規制を回避できるとすればいかにも不合理といわねばならない。けだし、荷送人は、運送契約関係に入ったことによって運送人との間に生じる法律関係を特段の事情の認められないかぎり契約法理によって律することを承認しているというべきであって、それにもかかわらず右規定や約款の規制を回避すべく不法行為法理によることを許すのは、運送人に故意又は重過失が認められる場合はともかく、契約上の危険の分配を図る目的のもとに規制を設けた商法の右規定や約款の目的に反するというべきだからである(なお、契約当事者間において、約款によって不法行為責任をある限度で排除することはもとより可能なことである)。したがって、運送人に故意又は重過失がある場合はともかく、荷送人については、運送人との間の法律関係を契約法理によって律するべきあって、そのかぎりで不法行為に基づく請求権の行使は許されず、商法の右規定や約款の規制の下に契約責任の追求のみが許されると解するのが相当である。そして、このことは、仮に運送契約の契約当事者でない第三者が運送人の不法行為責任を追求する場合においても、この第三者が右契約当事者と実質的に同視できる者、すなわち、運送人との間に生じる法律関係を契約法理によって律することを承認していると見られる者である場合には、同様に契約法理の趣旨を類推してこれを律すべきであって、商法の右規定や約款の規制の趣旨に準拠してその責任の範囲を合理的に確定するのが相当というべきである。

そこで、本件宝石の運送につき、被控訴人が控訴人と運送契約関係にあった鈴木工芸と実質的に同視しうる者ということができるか否かについて検討する。

前記認定の事実によれば、被控訴人は、鈴木工芸に被控訴人の設立当初から被控訴人の仕事のみを下請けさせてきたものであり、互いに長年にわたって宅急便を利用して宝石類を送付し返送し合ってきたうえ、その運送方法についても、鈴木工芸に対して自ら望む方法を指示しうる立場にあったものと認められるから、自己が所有又は管理する宝石類の運送取扱を鈴木工芸に委ねていた者ということができ、本件宝石の運送につき、荷送人たる鈴木工芸と実質的に同視しうる立場にあったというべきであり、また、被控訴人は、ペリカン便が控訴人の宅配便約款による規制を受けることについても、長年にわたって宅配便を利用してきた経験を有することに照らし、また、前記認定の伝票の表に印刷された記載からも、これを知り、かつ、容認していたと認めるのが相当である。

そうとすれば、本件宝石の紛失に基づく、被控訴人の控訴人に対する不法行為責任の追求は、控訴人のペリカン便の宅配便約款の規制の趣旨に準拠してその責任の範囲が確定されることとなるということができる。

三約款の規定による免責の存否及び損害についての控訴人の予見可能性ついて

前記第一項認定の事実に前掲〈書証番号略〉、証人大野英夫、加藤武道(当審)の各証言を総合すると次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

控訴人のペリカン便は、道路運送法第三条第二項第四号所定の一般路線貨物自動車運送事業に属する小口貨物運送サービスである宅配便事業であるが、宅配便について、昭和六〇年九月一九日、運輸省が同法第一二条第三項に基づいて標準宅配便約款を公示したことに伴い、控訴人においても右標準宅配便約款に従って運送取扱事項(基準)を定めていた。右約款第三条には荷物の運送を引き受けるときに、荷送人の氏名(名称)、住所及び電話番号、荷受人の氏名(名称)、配達先及び電話番号、荷物の品名、運送上の特段の注意事項(壊れやすいもの、変質又は腐敗しやすいもの等荷物の性質の区分その他必要な事項)等を荷送人が送り状伝票に記載し、一方、宅配便名、荷物受取日、荷物引渡予定日、重量及び容積区分、運賃その他運送に関する費用の額、責任限度額、問い合わせ窓口電話番号等の事項を宅配便業者が記載する旨が定められ、第六条には、控訴人が運送の引受けを拒絶する場合や引受制限荷物を列挙し、引受けを拒絶する場合として、同条第二号に荷送人が送り状伝票に必要な事項を記載しない場合を掲げ、また、引受制限荷物として、同条第六号イに「その他当店が特に定めて表示したもの」を掲げ、さらに、引受制限荷物等に関する特則として、第二三条第二項に「第六条第六号に該当する荷物については、当店がその旨を知らずに引き受けた場合は、当店は、荷物の滅失、き損又は遅延について、損害賠償の責を負いません。」と定め、責任を負う場合についての損害賠償の額については第二五条第一項に「当店は、荷物の滅失による損害については、荷物の価格(発送地における荷物の価格をいう。)を送り状に記載された責任限度額の範囲内で賠償します。」と定め、同第六項において、例外的に「当店の故意又は重大な過失によって荷物の滅失、き損又は遅延が生じたときは、当店は、それにより生じた一切の損害を賠償します。」と定めていた。そして、これを受けて、控訴人は、運送取扱事項(基準)として、右約款第三条の責任限度額を「荷物一個の内容品の価格が三〇万円以内」と定め、また、第六条イの引受制限荷物として、「ダイヤモンドなどの宝石類」等を具体的に列挙して定め、前記第一項認定のとおり、これを右約款とともに房州通運等ペリカン便取扱事業所の店頭に掲げて表示し、右責任限度額及び引受制限荷物については運輸省関東運輸局長に報告していた。

以上認定の事実を総合すれば、控訴人は、標準宅配便約款に従って運送取扱事項(基準)を定め、引受制限荷物に関する定めを設け、かつ、責任限度額を荷物一個の内用品の価格が三〇万円以内と定めて、ペリカン便を高価品を扱わない運送システムとしていたと認められる(前掲証人加藤武道の証言によれば、三〇万円を超える価格の荷物について、仮に受付の段階で控訴人がこれを知りえた場合、アロー便等の運送システムによることを勧めていたことが認められる)が、高価品を引受制限荷物としたものの、右約款第三条の規定の文言からは高価品である旨を送り状伝票に記載するよう荷送人に求めている趣旨が明確であるとはいいがたく、一般大衆を顧客とする運送システムとしての宅急便にあっては、むしろ控訴人の側で高価品の明示を促すべきであるということができ、控訴人が高価品の明示のない荷物をペリカン便で運送するよう委託され、これをそのまま明示を促すこともなく引受け、運送の過程でこれを滅失毀損させた場合に、知らずにこれを引き受けたことを理由に控訴人が免責を主張することは信義則上許されないといわねばならない。

しかしながら、右認定の事実に則してみるに、ペリカン便の運送システムが前叙のとおりのものである以上、控訴人にとってその滅失毀損の損害が三〇万円の範囲を超えて生じることについてこれを予見し或いは結果発生の回避を図ることは困難であったというのが相当である。したがって、本件荷物の紛失の責任については三〇万円を超えて控訴人の不法行為責任を認めることはできず、三〇万円の範囲内に止まると解するのが相当である。

以上により、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、前記①及び②の損害について、右の責任限度額三〇万円の賠償を求める限度で理由があり、その余は失当というべきである(なお、控訴人の過失相殺の主張は、要するに控訴人の責任額が右三〇万円の範囲を超えないというものであるから、判断を要しないこと明らかである。)。

四よって、右と異なる原判決を右のとおり変更することとし、被控訴人の附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官小川克介、同市村陽典は、いずれも転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官岩佐善巳)

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